船内生活④
・毎朝、ラジオ体操(10分)ヨガストレッチ(40分)、デッキ3周で1マイル
・様々なイベントに出席していると、のんびりとした時間はそれほど多くはありません
・カフェ、テラスグリル(ハンバーガー等)、居酒屋、ピザ屋、アイスクリームバー
・盆踊り、赤道通過イベント etc.
10月8日、11日と2日間にわたって、めったに見ることのできないオーロラを目にする幸運に恵まれました。
オーロラは太陽風によって引き起こされる地球磁気圏の擾乱の結果生じます。太陽はおよそ11年の周期で活発になり、2024年はとても活発な状態にありました。
オーロラは高度によって色が変わります。青・紫→緑→赤。黄色は青、緑、赤の混合色です。
船ならばオーロラを見ることができる場所をめがけて、追いかけていくことができます。
船内放送を聞いてから屋外へ出てもいいし、船室のバルコニーから眺めることもできるのが船の利点です。
オーロラを透して、北斗七星も見えています。
アイスランドの2日目は、最も有名な観光ルートのゴールデンサークルツアーです。
初雪に覆われたレイキャビクを早朝に出発しました。
約3,000年前の火山活動によって形成されたカルデラ湖であるケリズ火口湖、定期的に熱湯が吹きあがるストロックル(間欠泉)、「黄金の滝」を意味し力強い流れで知られているグルトフォスの滝、北米大陸プレートとユーラシア大陸プレートの縁が大きな崖となって地上に露出しておりプレートの境界を見られるシンクヴェトリル国立公園と、見どころが満載でした。
10月8日にレイキャビクに到着しました。
レイキャビクは計画では1日の予定でしたが、船がオーロラを見るためにコースを変え、その結果寄港時間が半日増えました。レイキャビクの街を散策できたのはうれしい出来事でした。
北大西洋の島国アイスランドは、世界有数の温泉地であり、雄大な自然を体感することができます。
レイキャビクはカラフルな家が並ぶ、洗練された首都です。ロイガヴェーグル通り(レインボー·ストリート)、ハットグリムス教会が有名です。またパンが美味しいということで、夕食用に調理パンを購入しました。
それにもかかわらず、スープ入りのパンの看板をじっと見ていたら、階段を下ってきた地元の女性に「おいしいよ」と勧められ、入店してしまいました。
夜空に向かって真っすぐ照らす垂直な光の柱は、イマジン・ピース・タワーです。
ジョン・レノンの誕生日である10月9日から、亡くなった12月8日まで照らされまオノ・ヨーコが手がけた屋外芸術作品です。
午後8時、出航の船の上から光が灯される瞬間を見ることができました、
10月4日はイングランド北西部の湖水地方を訪れました。
ウィンダミア湖を遊覧し、蒸気機関車に乗車しました。
ピーターラビットの世界を感じる機会に恵まれなったのが残念。
リバプールはビートルズとサッカーで有名ですが、「海商都市」の名の通り、18世紀から20世紀の第1次世界大戦までイギリス最大の貿易港として大英帝国の海運を支えました。
2021年、世界遺産員会から登録を抹消されています。都市開発を優先したためです。
文化資産(リバプール大聖堂、メトロポリタン大聖堂、ビートルズ、アルバートドック etc)
10月3日、 リバプールに入港しました。
船内では入港2日前からビートルズ一色に染まっていました。講演会あり、ライブあり。ライブ会場では深夜まで深夜まで酒を片手に(私はノンアルコールですが)、歌やダンスと盛り上がっていました。
9月30日、ポルトに到着です。
首都リスボンに次ぐポルトガル第二の都市。
ドウロ川の河口に位置し、川沿いには白壁とオレンジ屋根の家々が並びます。
旧市街・歴史地区には12世紀頃から大航海時代まで、当時の繁栄を伝える荘厳な建築物が並んでいます。
アズレージョ(ポルトガル伝統のタイル)が回廊を彩るカテドラル、尖塔が目を引く
クレリゴス教会、ドウロ川クルーズで川を挟んで広がる街並みなど。
昼食のビーフが欧州で2番目においしい肉でした。ポルトワインも口当たりがよく、
アルコールを飲まない私ですが、一杯頂きました。
地下鉄で港に帰りましたが、乗車券の購入、ホームの選択、乗り換えなど分からないことだらけで苦労しました。
乗車券は結局、駅員らしき人にマップで行き先を示し、ユーロを渡して購入してもらいました。
乗換駅ではホームに上がった後、この方角でいいのか若い女性に尋ねました。
彼女はスマホの翻訳機能を使って、向こう側のホームが正しいと教えてくれました。
9月28日、カサブランカに入港後、首都ラバト観光へ。
モロッコの首都ラバトは、2012年に「近代の首都と」歴史都市の側面を併せ持つ都市として世界遺産に登録されました。
「カスバ」とはアラブ諸国で、城砦に囲まれた居住地を指します。
城壁内の観光と独立を勝ち取った元国王の霊廟を訪問しました。
40年近く前に、新婚旅行でスペイン、モロッコを訪れました。
マラケシュのジャマエル フナ広場で、踊り子やヘビ使い、水売りなどの姿に異文化を感じ入り、フェズの迷路のような旧市街に(ガイドから絶対に離れるなと厳重注意された)興奮したことが思い出されます。
9月26日、カナリア諸島のラスパルマスに到着しました。
スペイン領の7つの島からなり、諸島全体でカナリア諸島自治州を構成しています。
モロッコ王国からの距離は100km~500km程度。大西洋のハワイといわれています。
グラン·カナリア島のラテン語名「Insula Canaria(「犬の島」の意)」に由来。カナリアが生息しているからカナリア諸島となったわけではありません。
数十年前までは日本の漁業基地で、日本人学校もあったようです。
かつては駐在員と往来の漁船員を合わせて、千人単位の日本人がいたものの、
今は100人余りまで激減。
30年前は、ラスパルマスに入出港する日本のマグロ漁船は年間延べ300~400隻と
最盛期でした。
スペイン語はまったく分からないので、翻訳機がフル稼働。タコが名物と聞いたので
大きなタコの看板があったレストランで注文しました。
店員さんが翻訳機に興味を示し、会話が弾みました。
9月4日、 星空観望会が開催されました。30分間ライトを消し、星空を眺めます。
iPhoneの手持ちで星を撮影できました。
9月5日、ライブ。普段各所で演奏、唄を演じているグループが集合し、
All Musician Liveが開催されました。
9月20日、芸達者祭。一芸に秀でた乗客が舞台に上がってパフォーマンスを
披露しました。
赤道を通過する際もイベントがあります。屋上のプールサイドデッキで赤い綱をまたぐ
という茶番劇ですが、結構大騒ぎしていました。
また、太陽が真上に来ると影がなくなるという現象を目にすることができます。
ケープタウンを出航し、アフリカ大陸の西海岸沿いに北上しました。
赤道を通過するのも2回目。2週間かけて次の寄港地に向かいます。
そこで船内での過ごし方の第2弾は「映画」です。船内には広いシアターがあり、
映画や講演会、その他さまざまなイベントに使われます。
映画は毎日1~2本上映されます。映画が日本語の場合は、英語、中国語、
韓国語の同時通訳がレシーバーで聴くことができます。
英語の映画は字幕です。かなりの本数を観ましたが、初めの10本を紹介します。
日付 作品名
2024年8月19日 グレイテスト・ショーマン
2024年8月23日 トップガン マーヴェリック
2024年8月27日 キネマの神様
2024年8月31日 男はつらいよ お帰り寅さん
2024年9月5日 ライオン・キング
2024年9月6日 母と暮らせば
2024年9月14日 妻よ薔薇のように
2024年9月15日 オッペンハイマー
2024年9月18日 フード・ラック!食運
2024年9月19日 弱虫ペダル
2024年9月13日、ツアー4日目はケープタウンです。
喜望峰、ケープポイント(展望台)、ボルダーズ・ビーチ(ペンギンコロニー)を回り、船に合流しました。
また、ケープタウンは唯一のルイボスティー産地です。ノンカフェインであり、抗酸化作用があることで、免疫機能の低下や老化の原因となる活性酸素の発生を抑え、美容や健康をサポートするとのこと。
グリーンルイボスティーは葉や茎を発酵させずにそのまま低温乾燥させている茶葉で、青々しい味と香りですっきりした飲み口です。
専門店でスーツケース1個が満杯になる量を買い込んでしまいました。
2024年9月12日、ツアー3日目はビクトリアの滝です。
ナイアガラの滝(米、加)、イグアスの滝(ブラジル、アルゼンチン)と並ぶ世界三大瀑布の一つです。
ザンベジ川中流にあり滝幅2km、落差は108mで、水量は三大瀑布随一。ほとんど端から端まで歩いてきました。
とんでもない水量です。乾季のためザンビア側は水量が少なかったのですが、一方でずぶ濡れにはなりませんでした。また、滝の上で水に浸かっている人がいたのには驚きました。
写真の木はバオバブの木です。「星の王子様」で星を壊す悪い植物として紹介されている木ですね。
2024年9月11日、ジンバブエからボツワナへ移動し、チョベ国立公園のサファリツアーです。
午前中は4駆、午後はボートで。
出合った動物は
鳥 アカハシコサイチョウ、アフリカハゲコウ、ホロホロチョウ、エジプトガン、ブロンズトキ、アフリカヘラサギ
哺乳類 インパラ、クーズー、ライオン、シマウマ、ゾウ、カバ、スイギュウ、ブッシュバック
両生類 ナイルワニ
2024年9月10日、南アフリカのポートエリザベスに到着後、直ちに下船し空港へ。
チャーター便でジンバブエに向かいました。
世界三大瀑布・ビクトリアの滝4日間の旅です。
当初はコロンビアからタンザニア・ワイルドサファリ 13日間の旅を申し込んでいましたが、スエズ運河が通れずキャンセルに。船内で代わりに募集されたツアーです。
2024年9月4日、モーリシャスの首都であるポートルイスに着岸しました。
アフリカ大陸から2000km離れ、マダガスカル島の東900kmにある小さな島です。インド洋の貴婦人と呼ばれる美しさと多様性が魅力です。
人口の2/3はインド系、奴隷制廃止後に契約労働者としてこの地にやってきました。
次に多く1/4を占めるのがアフリカ系と白人系の混血です。フランス語と英語が事実上の公用語のようです。
上陸後、モーリシャス島の南西部にあるシャマルレを訪れました。
「七色の大地」は、砂丘がカラフルなグラデーションを描いています。
日の光があたる加減によって変わる独特の色彩が魅力的です。
落差100mのシャマルレの滝、標高は高くなくても急峻な山々にもカメラを向けていました。
8月28日
船内生活①
シンガポールを出港するとマラッカ海峡を通過し、インド洋の旅となります。
当初の計画では紅海、スエズ運河を通過して地中海に出る計画でしたが、安全上の問題(南イエメンから通過する船にミサイルが飛んできます)により喜望峰を回ることになりました。
赤道を通過する長い船旅です。船内では様々な企画が催されており、少しずつ報告します。第1弾は「講演」。寄港地から水先案内人と呼ばれる様々な分野の専門家が乗り込み、講演していただきました。その一部を記しますが、時事問題、気流地の歴史・風土・文化、航海・旅日記など、幅広い分野でお話を聞かせていただきました。講演後もレストランなどをお会いすると交流できるのがいいですね。
日付 テーマ 職業 氏名
8/28 東西の文明を繋ぐシルクロード 中国琵琶演奏会 ティンティン
8/29、30 モーリシャスの歴史、文化、生態系に触れる モーリシャス大学
農学部准教授 ナディーム・ナズラリ
8/29 パレスチナとイスラエル 早稲田大学文学学術院教授 岡真理
9/7、8 インド洋 世界の貿易と文化交流 華東師範大学歴史学科
歴史学部教授 朱明
9/8、9 南アフリカの歴史に関する一つの視点 第1 Desmond & Leah Tutu LEGACY FOUNDATION ジェイコブ・メイリング
9/16 ぶんぶんの旅日記 PB事務局員 ぶんぶん
8月26日
シンガポールです。人口構成は中華系が3/4を占めています。
中国人の乗船もシンガポールからでした。我々の次の航海では20カ国、
1700人の乗客だったそうです。
船の中は日本語、英語、中国語、韓国で会話されます。
シンガポールはチャイナタウン、アラブストリート、リトルインディアなど、
国を構成している民族の特徴を表した町があります。
8月22日
香港へ寄港しました。寄港日が1日のときは、早朝に着いて夜遅くに出航します。
8月の香港は高温多湿。バスと徒歩で市内を見学したのですが、汗まみれになって
しまいました。
日本の夏が恋しくなったくらいです。でも西九龍文化地区は、カフェやレストランが
増え、夕日の景色や夜の散歩を楽しむのに最適なウォーターフロントでした。
台風で日程が1日短くなったため、深圳への寄港は中止となりました。
香港、シンガポールに寄った後、インド洋を突っ切ります。
当初はスリランカを経由し、スエズ運河を通って地中海に抜ける予定でした。
しかし、イエメンの反政府武装組織フーシ派が、紅海とスエズ運河を航行する船舶に
対して攻撃を仕掛けていましたので、出航の何か月か前に喜望峰回りに変更されてしまいました。
我々はスリランカのコロンボから飛行機に乗りタンザニアのサファリで1週間過ごし、
その後エジプトで船に合流する計画でしたが、これも中止となってしまいました。
ポートルイス(モーリシャス)、ポートエリザベス(南ア)、ケープタウン(南ア)に
寄ったノリにアフリカの西側を北上し、カナリア諸島(スペイン)、カサブランカ(モロッコ)、ポルト(ポルトガル)、リバプール(英国)、ベルファスト(英国)、レイキャビク(アイスランド)、ニューヨーク(米国)、クリストバル(パナマ)に寄港しました。
パナマ運河に通過後、カヤオ(ペルー)、イースター島(チリ)、パペーテ(タヒチ)、
アピア(サモア)を経て横浜に寄港しました。航路変更前はアピアではなくライアテア島(タヒチ)、オアフ島(ハワイ)に予定でした。これは残念でしたね。
2024年8月17日
快晴の横浜大桟橋を出航しました。もともとは16日が出航日でしたが、台風によって翌日に繰り越されました。見送りは二人の息子です。
船名はパシフィック・ワールド号、7万7千トンのちょっと古いイタリアの豪華客船です。部室は11階、バルコニー付きのツインベッドにしました。
神戸で西日本の方々が乗船したのちに、船長主催のウェルカムパーティが催されました。このときばかりは、皆さん気取った服装です。