広瀬川文学散歩 第4回辻征夫と現代叙情詩

市街地の中心を流れる広瀬川のほとりは昔とは見違えるほどの変わりようです。
申し遅れましたが不肖、高井がご案内させて頂きます。

第四回(1996年)萩原朔太郎詩集受賞作。
辻征夫(つじゆきお) 東京都墨田区出身 1939 ~ 2000年没
東京都立墨田川高等学校を経て明治大学文学部卒業。俳号は貨物船。
晩年に脊髄小脳変性症という難病を患い2000年に60歳で死去。
やさしくて,茫洋として,卑下もせず,自慢もしない――.
実際に生きているリアリティーを話し言葉を巧みに使って書かれた素直なことばが,混沌とした重層的な時空間をうみ出す,現代抒情詩の第一人者。
NETではそのような紹介がなされているのですが、「現代叙情詩」というカテゴリーがあったとは知りませんでした。
さらにこれが「詩」なのか? と思わず笑っちゃいます。朔太郎賞、太っ腹 !!!
以下に同氏の作品をご紹介します。

                               ラブホテルの構造

  馴染みの鮨屋の裏口の向いに  ラブホテルが出来たのでとうぜん話題は
  そのことになった あの内部はいったい  どういう構造になっているのだろうか
  そこは昔は原っぱで  少年たちは 丈高い草に隠れて少女たちと遊んだが
  あるときダンプカーが来て大量の土砂を捨て  それが踏み固められて凸凹のある
  眺望のいい空地になり少年たちはもう  少女と遊ばなかった 少女は
  急激におとなになってどこか遠くへ去り  少年たちも散り散りになったが
  どういう風が吹いたのだろうか  数人が舞い戻ってしばらくすると
  空地に工事が始まりラブホテルが出現したのである  それでその内部はいったい
  そういう構造だろうかという問題だが  空想し(ある者は蘊蓄を傾けて)論じあってるさなかに
  この春N市の高校を出て来た見習いのアキラ君  出前に行こうと裏口を出た途端に向うからも
  若い男女が出て来たので思わず尋ねてしまったそうだ  どんなだった?
  男はアキラ君を睨み 可哀相に女性は  ハイヒールを鳴らして駆け去ったが
  まじめなアキラ君はその後ろ姿に大声で言ってしまった
  そういうイミじゃないんだよう! 内部(なか)は
  どんなだったってきいたんだよう!
  われわれにも 若くて どうしようもなく おっちょこちょいの時代はあり
  それはつい先日まで続いた感じだが  ようやく落着いた――と思ったらさにあらず
  疲れただけだったんだ  こんどはぼくがアキラ君の眼の前へ
  ぬっと出て来てみたいな  もちろん ラブホテルからだ


行替えがちょっと変ですが、入力ミスではありません。念のため。

《蝶来タレリ!》 韃靼ノ兵ドヨメキヌ

俳諧辻詩集から「海峡」です。この一文の前も後ろもありません。たった一行の詩です。
これが朔太郎賞受賞とは???     文学、はたまた芸術とは難解なものです。
同氏の作品は面白いので、折角ですからもう一作品。

                               あしかの檻

 あしかに感情を移入することはできない。あしかには、あるいは事物には、感情を入れる余地なぞない。あしかはあしかであり、貝殻は貝殻だ。私はきっぱりと私だ。
  2
 あしかの、あまりになめらかな肌。それは肌というよりも、単に〈黒〉と呼んだ方がにあうようだ。とてもエロチックな〈黒〉。
  3
 あしかを二十分間、見つめていることのできるものならだれでも、〈あしかは大股で歩くことができない〉ということを知るだろう。足のあるべき場所には足がなく、足首だけがある。そしてそれも、実は足首ではなくて、ひれなのだ。それを〈気をつけ〉のかたちにしてしか、あしかは立つことができない。
  4
 おお生れながらの詩人よ。きみがぼくらに誇示する、きみの生活無能力は詩とは無関係なのだ。いつまでも、単に生れながらの詩人にしかすぎぬものは、もはや詩人ではない。あしかの方がましだ!
  5
 あしかがゲーゲー鳴く。ハラがへっているのだろうか。それともただ、鳴きたいから鳴いているのだろうか。
  6
 あしかの足(本当はひれだ)の間に、短くて小さな尻尾がある。それはまるで、さかさに勃起した少年の陰茎のようだ。あれをたたきつぶしても、あしかは生きているだろう。
  7
 色が黒く、ハゲアタマで、ひげをはやした女が風呂に入っているのを見たとしたら、私はいま眼の前で、水から首だけ出している、このあしかを思い出すにちがいない。あしかよ、死んだ魚を投げてやると、おまえは頭からバリバリ喰ってしまう。
  8
 おい、あのあしかの、あの眼つきを見ろ。あれはたしかに、〈はじらい〉を知っているぞ。
  9
 あしかがゲーゲー鳴く。私はまだ、あしかの檻の前にいるのだ。

これを機会に辻征夫の詩集を買いに行く輩が数名出るのでは・・・   

面白いけれど、わざわざ本屋に探しに行くほどでもないな、という方のために
今回は辻征夫特集として特別にもう一篇

                               婚約
  鼻と鼻が
  こんなに近くにあって
  (こうなるともう
  しあわせなんてものじゃないんだなあ)
  きみの吐く息をわたしが吸い
  わたしの吐く息をきみが
  吸っていたら
  わたしたち
  とおからず
  死んでしまうのじゃないだろうか
  さわやかな五月の
  窓辺で
  酸素欠乏症で

©Copyright FUZOKU45. All rights reserved.