広瀬川文学散歩 清水哲男と「こころ」

市街地の中心を流れる広瀬川のほとりは昔とは見違えるほどの変わりようです。
申し遅れましたが不肖、高井がご案内させて頂きます。

第二回(1994年)萩原朔太郎詩集受賞作。
清水哲男 1938年2月15日~2022年3月7日(享年84歳)
東京都中野区出身、京都大学卒。父親の武夫氏は花火研究家

作品について  詩集「夕日に赤い帆」
現在と同じくらい明確な過去、過去と同じくらい当てどない現在。焦点のずれた写真のような生の時間のメモリーを、断言と言い澱みを交えつつ詩の中に突き刺してゆく。「センターフライを追って後退」する詩人が来歴と日常の中にふたたび夏の光と音と光景を奪取するために綾なされた繊細で柔軟な抒情詩群です。
同氏はこの作品のほか、「緑の小函」「黄燐と投げ縄」と赤・青・黄と信号の三部作を発表しています。「止まれ」「渡れ」「注意せよ。渡れる自信ある者は渡れ」ということになりますね。
同氏は1950年代、熱烈な巨人ファンとしても有名だったそうです。
                                        以上、諸々NETからの寄せ集め情報です。

朔太郎橋のたもとには、朔太郎立像とその対称の位置にこの萩原朔太郎賞制定を記念した碑が建立されています。前橋市と朔太郎賞の会の共同名義にて、平成4年に前橋市市政100周年を記念して朔太郎賞が制定されたことが記されています。
さらに下には朔太郎の「こころ」が刻まれています。

「こころ」は純情小曲集に所収されている比較的初期の作品です。萩原朔太郎は開業医の家に長男として生まれましたが、子どもの頃から身体が弱く、神経が細やかでした。
勉強よりも空想や散歩や音楽を好み、周りから冷ややかな視線を浴びせられていました。
とても孤独で不甲斐ない日々を送っていた頃の焦燥と無為、そして苦しさが感じられる作品・・というのですが、それが何故この碑にわざわざ刻まれているのかは、とても不思議です。

こころをばなににたとえん    こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど    うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ    音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども    かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと    されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。

こころを何に例えよう    こころはあじさいの花
桃色に咲く日はあるけれど    薄紫色の思い出ばかりが多くて・・・

こころはまた夕闇の公園の噴水    音のない音が奏でる響きのよう
こころはひとつだから悲しんでも    悲しんでもどうなるものでもない
ああこのこころを何に例えよう

こころは二人の旅びと    しかし道連れの人が何も語ってくれなければ
わたしのこころはいつもこのように寂しいのだ

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